過剰診断の害を知らずに「賢明な選択」はできない。福島の甲状腺検査に携わった医師が「Choosing Wisely」の場で訴え

4 日前 4

科学的根拠に乏しく、患者にとって益の少ない医療を見直す国際的なキャンペーン「Choosing Wisely(チュージング・ワイズリー)」。

医療者と患者が“対話”を通じて賢明な選択をすることを目指し、日本でも2016年に「Choosing Wisely Japan」が発足した。

この考え方からも見直しを求める声が上がっているのが、福島県で行われている甲状腺検査だ。東京電力福島第一原発事故後の2011年10月9日に開始され、今年で15年を迎える。

症状のない子どもや若者に超音波検査を行うことで、放置しても生涯にわたって何の害も出さない病気を見つけてしまう――。国内外の専門家からは、そんな「過剰診断」の可能性が指摘されている。

この検査の見直しを訴え続けている医師の一人が、宮城学院女子大学の緑川早苗教授。当初から携わり、現場で問題に向き合ってきた。

緑川教授は9月23日、Choosing Wisely Japanの設立10周年を記念したシンポジウム(東京都中央区の聖路加国際大学)に登壇し、「がん検診のChoosing Wisely ~スクリーニングの害を共有することから~」と題して講演した。

Choosing Wisely Japanのチラシ
Choosing Wisely Japanのチラシ

Keita Aimoto

「スクリーニング」の害とは

緑川教授の講演のキーワードとなったのが、「スクリーニング」と「過剰診断」という二つの言葉だ。

スクリーニングとは、「症状が出ていない人に何らかの検査を行い、病気の疑いがある人をふるい分ける」ことを指す。福島県の甲状腺検査も、県側は「見守り」と説明しているが、実質的にはこれに当たる。

過剰診断は「放っておいても生涯症状を出さず、命に影響しない病気を見つけてしまう」こと。がんの過剰診断は「一生無害のがん」を見つけてしまうことを意味し、スクリーニングの害の中でも最も重要とされている。

一方で、がんスクリーニングでは「早期発見・早期治療」の利点ばかりが注目され、その害には目が向きにくいという。

緑川教授は「早期発見・早期治療だけではメリットにならない」と指摘した上で、スクリーニングの目的は、害を増やすことなく対象となる集団の死亡率を下げることにあり、治療の必要がないがんがたくさん見つかるようなスクリーニングは、公衆衛生学的な見地から推奨されないと述べた。

さらに、この分野の“教科書”とされる「スクリーニング」(ミュアー・グレイ氏ら)に「すべてのスクリーニングには害も存在する」と記されていることを紹介。無症状の人にスクリーニングを行う以上、医療倫理の4原則のうち「無危害」が重視されるべきだと語った。

世界保健機関(WHO)が2020年に出したガイドブックでも、対象となる集団にとって利益が害を上回っていることが、“望ましいプログラムの条件”として示されている。

ただ、ガイドブックの原文で「Harm(害)」とされている言葉は、日本では「デメリット」と訳されることが多いといい、緑川教授は「害が生じうるんだということを認識しながらスクリーニングをやる必要がある」と話した。

緑川早苗教授
緑川早苗教授

提供写真

過剰診断は「誤診」ではない

「過剰診断(Overdiagnosis)」という言葉は、米国立医学図書館の医学用語集「MeSH」にも導入されている。

緑川教授によると、その言葉の意味が正しく理解されていない場面は非常に多いという。よくある誤解の一つが、「誤診」との混同だ。

過剰診断の場合も、見つかっているのはあくまで「本物のがん」。緑川教授は「診断自体は正しく、がんではないものをがんと診断する『誤診』とは違う」と説明した。

しかし、診断した時点では、そのがんが近い将来症状を出すのか、一生症状を出さないのかを見分けることは難しい。

さらに、がんには患者にも医療従事者にも、「命を脅かす病気」という先入観がある。多くのがんではそれが正しいため、「過剰診断かもしれないから放っておく」という選択は難しい。

その結果、スクリーニングでがんが見つかると、「ブレーキのない電車に乗った」ように治療へと進んでしまう。多くの論文でも、そう指摘されているという。

また、緑川教授は、治療を巡っても「手術で転移や浸潤が見つかったから過剰診断ではなかった」「部分的な治療にとどめたから過剰治療ではない」といった誤解が多いとし、「医療行為自体は正しくても、過剰診断かもしれないがんを治療してしまったら過剰治療になり得る」と語った。

Choosing Wisely Japan 設立10周年記念シンポジウムが開催された聖路加国際大学(東京都中央区、2026年9月23日撮影)
Choosing Wisely Japan 設立10周年記念シンポジウムが開催された聖路加国際大学(東京都中央区、2026年9月23日撮影)

Keita Aimoto

一生症状を出さないがんも

では、がんの過剰診断はなぜ起こるのか。

緑川教授は、過剰診断の研究で知られる米国の医師、H・ギルバート・ウェルチ氏らの図をスクリーンに示し、「がんの自然史」について説明した。

がんには、急速に進行するものや、早く見つけて治療すれば死亡率を下げられるものがある。一方で、進行が非常にゆっくりで、他の病気や老衰で亡くなるまで一切症状を出さないがんや、ある段階から大きくならないがんがあることも分かってきた。

こうしたがんにスクリーニングを行うと、一生診断されないはずだった無害のがんを診断してしまう。これが、過剰診断が起きる仕組みだという。

ただ、こうしたスクリーニングの害は、受ける側にも提供する側にも十分に認識されていない。

緑川教授が紹介したシステマティックレビューでは、多くの患者が「がんスクリーニングの利益」を過大評価していたことや、臨床医が不利益をどう認識しているかを調べた論文がほとんどないことが示された。

過剰診断についての認識も低く、韓国の調査では過剰診断を知っていた人は3割に満たず、英国の調査では情報を提供しても受診の意向はほとんど変わらなかったという。

医療従事者も同様で、緑川教授が中規模の総合病院で医師以外のスタッフに聞いたところ、過剰診断という言葉の意味まで知っていた人は2割弱。授業で過剰診断を学んだ医学生でも、「過剰診断が多く起こるがん検診」を「受ける」に傾く傾向が見られた。

緑川教授はその背景に、“念のため”の「防衛医療」や診療報酬制度、「早期診断・早期治療はいいものだ」という盲信があるのではないかと指摘した。

企画展「福島の甲状腺検査と甲状腺がんのほんとうを知ろう」で貼り出された甲状腺がんの自然史(福島県郡山市、2025年11月29日撮影)
企画展「福島の甲状腺検査と甲状腺がんのほんとうを知ろう」で貼り出された甲状腺がんの自然史(福島県郡山市、2025年11月29日撮影)

Keita Aimoto

生命保険、ローン…患者一人一人に及ぶ害

過剰診断の害を理解するには、言葉の意味だけでなく、診断された人の生活に何が起きるのかを知る必要がある。

緑川教授によると、ひとたび過剰診断が起きると、本来は必要のなかった精密検査や手術、放射線治療などを受けることになる。がんの場合は、予後への不安や「原因は何なのか」といった心理的な負担も生じる。

さらに、診断や治療にかかる費用や時間に加え、生命保険に入れない、ローン契約ができない、ライフイベントや就労といった場面で差別を受ける恐れもある。

また、治療の必要はなかった人が「早く見つけてもらってよかった」と感じることで、さらなる過剰診断につながる取り組みが推し進められていく。「ポピュラリティ・パラドックス」と呼ばれる現象だ。

「過剰診断、過剰治療を行った医療従事者は『早く見つけたから治ってよかった』と説明することで、何ら害は受けない。過剰診断の害を一手に引き受けるのは、患者だけ」と、緑川教授は述べた。

【図】過剰診断の不利益
【図】過剰診断の不利益

Keita Aimoto

福島の甲状腺検査の問題点

こうした過剰診断の害を踏まえ、講演の終盤に取り上げたのが、福島の甲状腺検査だ。

甲状腺がんは、超音波検査の広がりを背景に、過剰診断が最も起こりやすいがんとされる。そうした中、福島県では今も原発事故当時18歳以下だった県民ら約38万人を対象にした甲状腺検査が続いている。

これまでに371人が「悪性ないし悪性疑い」と判定され、311人が手術を受けた。国内外の専門家や国際機関からは、過剰診断の可能性が指摘されている。

しかし、対象者に配られる甲状腺検査の冊子「メリット・デメリット」には、「過剰診断」の4文字はない。生命保険やローン契約の不利な取り扱いといった具体的な害も書かれていない。

「多くの福島の住民は、過剰診断という言葉を知らないままこの検査を受けているということになる」。緑川教授はこう述べ、デメリットの説明が不十分な文書で対象者全員に検査を案内する方法が、過剰診断の被害を生んでいる理由の一つだと語った。

それを裏付けるように、自身らが福島、宮城両県の若者に行った調査では、甲状腺検査に害があることを知っていたのは16.5%にとどまった。学校の授業中に検査が行われるため、検査を「良いこと」「義務的なもの」と受け止めている若者も多かった。

一方で、説明の仕方が変われば、判断も変わるという。

勤務先の大学で、学生に「自分が対象者だったら検査を受けるか」と尋ねたところ、福島医大が配っている文書を見せた段階では6割が「受ける」と答えた。ところが、過剰診断について説明すると、「受ける」は19%に、講義をすると11%にまで減った。

代わりに増えたのは「決められない」という答えだった。緑川教授は「今は決められないから、今は受けないという選択をするだけでも、過剰診断の害は減らせる」と話した。

そして、がん検診でChoosing Wiselyを実現するには、「過剰診断が起こると、その人の人生がどう変わるかについて対話をした上で、検診を受けるかどうかを意思決定していく必要がある」と述べた。

◇緑川早苗さんプロフィール◇

1993年福島県立医大卒業。2011年に始まった福島の甲状腺検査に当初から携わり、15〜18年に甲状腺検査室長。20年3月に福島医大を退職し、同年4月から宮城学院女子大学教授。専門は内分泌代謝学。共著に「みちしるべ 福島県『甲状腺検査』の疑問と不安に応えるために」「福島の甲状腺検査と過剰診断ー子どもたちのために何ができるかー」。甲状腺検査に悩む人の相談を受ける任意団体「POFF」を設立し、共同代表を務めている。

記事全体を読む