
『パンダ』(東京外国語大学出版会)著者:プラープダー・ユン
近代から逃れた孤独なパンダ
パンダ。白黒の毛に覆われたモフモフの、中国が外交のために使う「友好のシンボル」としての贈り物。笹を齧る姿が黄色い声援を呼ぶ、動物園の人気者。このタイの現代小説の主人公は、あの可愛らしいクマ科の生き物 ―― ではありません。でっぷりと太った醜い相貌の二十七歳の男性。普段から狭い自室に閉じこもりがちで、日中は成人男性向けのシナリオを打ち込む仕事に勤しむ、ポルノ映画会社のうだつのあがらない社員。寝不足のせいで両目に隈のある、恋愛とは無縁な非モテの大人。〈本名を持ちながら、誰も本名では読んでくれない〉自分とは何かに悩む人物がこの作品の語り手で、そんな彼の吹き出物の一つに異変が起きるところから物語のカーテンは開きます。
ある日、彼が自宅のトイレで額のニキビを潰すと不思議なことに空色の血が流れてきた。さらに指で割くと、オレンジ色の丸い形の物体が現れた。驚く彼はそのまま失神するのですが、そのときパンダは一つの啓示を受け取ります。
お前はこの星の生まれではない。パンダ・プラネットという本来の故郷に帰還せよ。そして、地球上の同種の存在たちに、そのことを伝えよ。
ここから彼は壮大なミッションを託された一人の志士として開眼する。異星人であることを自覚した彼が、故郷からのメッセージを仲間たちに伝えるために策を練り、奔走するわけですが、この小説の原動力となるのはそんなパンダのタイ社会に対する批判精神です。
〈毎日目的もなく、仕事のうえでもプライベートのうえでも何も望むものがない人間として生きていただけ〉のパンダは、トイレで啓示を受けて以来、タイ社会や地球、また、そこに生きる人々を俯瞰して見つめる眼差しを持ちます。地球を破壊して生きる人間は、己を恥じなければならない。〈本当はボク、そしてキミたちなんだよ。檻の中で自分の糞尿と戯れるしかない存在は〉。人類の愚かさを撃ち抜く彼の言葉は、ことにタイ社会に対して向けられると実存的な苦悩と絡み合う。
例えば、タイ人兵士がアメリカ軍に協力するためにイラクへ出兵し、命を落としたという報道に触れると、彼の悲嘆は一際、色濃くなる。〈どうしてタイの兵士はわれわれに関係のない戦争で死ななければならないのか。メンツを保ち、超大国が不機嫌になるのを恐れるという理由だけのために〉。
物語全編を貫くのはパンダの実存的な苦しみと帰属意識の希薄さです。家族、会社、社会、国家。それらに属すことに違和感を覚えるパンダは、孤独な存在として描かれる。近代社会が作ったしがらみから逃れた先で、よるべなさを抱える彼は、何を恃みに生きることができるのか。二〇〇四年に書かれたこの物語は、その意味で極めて現代的な生の重みを核として持つのです。
その後、パンダはメッセージを込めた脚本を書き、社長に映画化を直訴する。プロジェクトは動き出し、パンダは一人の女優と出会い、恋に落ちる。恋愛に翻弄され、苦しむ彼はやがて真の愛の在処に気づく。そして彼はミッションを完遂させるために、チェンマイの動物園へ向かうのでした。
タイ文学研究者の福冨渉はパンダが帰還を目指す〈星〉とは個人的な世界のことだと言い、次のように述べます。〈この作品において、社会の中で自らの「星」を見つけ出してそこに帰還することは、自己承認のプロセスを意味している。その上で、個人が、社会ではなく自らの「星」に帰属している状態が、ひとつの理想として提示されている〉(福冨渉『タイ現代文学覚書』風響社、2017年)。
この作品は近代の生み出した虚妄が消失しつつあるその先で書かれています。国家や社会といった共同体のための小説から、個人の生そのものを問う物語へ。そこで彼が見つけた答えを、この世界に生きる一人の人間として、確かめてください。
【初出メディア】
英語教育 2024年1月号

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